2026年6月、天皇皇后両陛下がオランダを国賓として訪問されました。ウィレム=アレクサンダー国王とマクシマ王妃による盛大な歓迎のもと、両国の絆が改めて世界に示される形となっています。
ニュースで映像を目にした方の中には「なぜオランダなのだろう」と感じた方もいるかもしれません。実は日本とオランダの関係は、他の多くの国々とは一線を画す、400年以上にわたる非常に特別なものです。今回の訪問を機に、その歴史と現代のつながりを改めて振り返ってみましょう。
【関連記事】天皇皇后両陛下のオランダ訪問2026|日程・目的・歓迎行事をわかりやすく解説
江戸時代から続く、世界でも稀な特別な絆
日本とオランダの関係は、今から400年以上前の江戸時代に遡ります。徳川幕府が鎖国政策をとる中で、西洋の国として唯一貿易を許されたのがオランダでした。長崎の出島に設けられたオランダ商館を通じて、両国は細くも確かな交流を続けていたのです。
この関係が日本にもたらしたものは計り知れません。医学・天文学・植物学・砲術など、ヨーロッパの最新知識が「蘭学(らんがく)」という形で日本に流入し、近代化の礎となりました。
杉田玄白らがオランダ語の解剖学書を翻訳した『解体新書』はその象徴です。鎖国下にありながら日本が西洋の知を取り入れられたのは、出島というオランダとの小さな窓口があったからに他なりません。
明治維新後も、日本はオランダから多くを学びました。治水・土木技術においてデ・レイケやファン・ドールンらオランダ人技術者が日本各地の河川整備に尽力し、その功績は今も各地の記念碑に刻まれています。
幕末から明治にかけての時代においても、オランダは日本の近代化を支えた最も重要なパートナーのひとつでした。
現代の日蘭関係——貿易・テクノロジー・文化
歴史的な絆を土台に、現代においても日本とオランダは多岐にわたる分野で緊密な関係を築いています。
経済面では、オランダはEUの中でも日本との貿易が特に活発な国のひとつです。ヨーロッパ最大の港であるロッテルダム港は、日本からの輸出品が欧州各地へと届く重要な玄関口となっています。
日本企業もオランダに多数の拠点を置いており、ビジネス上の結びつきは非常に強固です。テクノロジー分野では、半導体製造装置の世界最大手ASMLがオランダ企業であることが特に注目されます。
最先端の半導体を製造するために不可欠な露光装置を手がけるASMLと日本の半導体産業の連携は、今日の技術競争においても極めて重要な位置を占めています。AI・量子コンピューティングといった次世代分野でも、両国の研究機関や企業間の協力が進んでいます。
文化面では、フェルメールやゴッホをはじめとするオランダ絵画は日本人に幅広く親しまれており、アムステルダムのゴッホ美術館には毎年多くの日本人が訪れます。
一方でオランダでも日本食・アニメ・伝統文化への関心は高く、両国間の人的交流は活発に続いています。
なぜ「今」オランダなのか——皇后陛下とオランダの深い縁
今回の訪問を語るうえで、外せない背景があります。それは皇后雅子さまとオランダとの非常に個人的なつながりです。
皇后陛下の父・小和田恒氏は、国際法の権威として知られる外交官で、国連大使などを歴任した後、国際司法裁判所(ICJ)の判事・所長としてオランダのハーグに長年滞在しました。
ICJが置かれるハーグは「国際法の都」とも呼ばれる都市で、小和田氏はそこで日本の国際的な存在感を高める重責を担いました。
雅子さまご自身も、父の滞在に合わせてオランダを度々訪れており、ウィレム=アレクサンダー国王(当時は皇太子)やオランダ王室との交友を深めてこられました。現在の国王・王妃とは、いわば「旧知の仲」ともいえる関係です。
今回の訪問でウィレム=アレクサンダー国王が見せた温かい歓迎の様子も、そうした長年の個人的な縁があってこそといえるでしょう。
外交上の理由に加え、こうした人と人との絆がオランダ訪問を特別なものにしています。国際情勢の面でも、安全保障・エネルギー・気候変動対策など共通課題でのパートナーシップ強化は重要なテーマですが、その土台にあるのはこの長い信頼関係です。
400年の歴史が、今日もつながっている
日本とオランダの関係は、単なる外交上の友好にとどまりません。出島という小さな窓口から始まった400年以上の交流が、貿易・技術・文化のあらゆる面で深く実を結んでいる、世界でも稀有な二国間関係です。
今回の天皇皇后両陛下のご訪問は、その長い歴史の上に新たな一ページを加えるものといえます。変化の激しい国際社会の中にあっても、両国が変わらぬ信頼と尊敬をもって歩み続けていることが、今回の訪問からも伝わってきます。
「なぜ今、オランダなのか」という問いへの答えは、実はこの400年の歴史の中に、すでに刻まれているのかもしれません。


コメント